環境ビジネス総合研究所 - EBRI - ■ビジネス交流分科会 環境ビジネス総合研究所 EBRI

  • ■三遊亭京楽師匠・鳴子温泉落語会 2011.5.4

  •  東北大震災により甚大な被害を受け、住居等何もかも全てを失い避難されている方々に対して何か少しでもお力添え出来ればと思い、環境ビジネス総合研究所では被災者支援プロジェクトをスタートさせました。
     当会の理事長である山口氏の故郷が宮城県の鳴子温泉郷にあり、伯父様である持立氏が鳴子温泉町内会の会長を務めておられるご縁から連携を取り、そこへ避難されている被災者の皆様に支援させて頂くことに決定しました。
     まずは義援金集めからスタートです。第一弾として、集まった金額から衣料品(下着類)などを株式会社ニッセンから購入し、山口理事長の関係企業2社(株式会社新藤、株式会社上脇)からご提供頂いたうちの1社、株式会社新藤社のタオルと共に配布しました。
     そして第二弾の今回は、当会の顧問でおられる三遊亭京楽師匠にお願いして、落語会を開催することになりました。

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     2011年5月3日、東京より鳴子温泉に向けて一行は出発しました。この旅の参加者は、三遊亭京楽師匠、株式会社長谷川電気工業所の大橋氏、株式会社野毛印刷社の江口氏、事務局の小柴(ドライバー)と岩松の計5名です。さすがゴールデンウィーク‥ある程度の混雑は覚悟の上で参りましたが、予想をはるかに超えた大渋滞。トイレ休憩をしようとサービスエリアに入ろうと思ってもそこへ入る為の渋滞がさらに起こっており、ここが高速道路か駐車場かもわからない状態。昼食も落ち着いて取ることなく、出発から11時間の時間をかけて目的地である、鳴子温泉に到着しました。しかし、こんなに時間がかかったにもかかわらず、車内は会話も尽きず、被災者を元気づけに行くのだから、ということで気分を盛り上げて参りました。それぞれの仕事の話や今回の震災に対する想い、中でも一番大盛り上がったのは、テレビでよく目にする「AC(公益社団法人ACジャパン)」CM。「ロングバージョンも珍しいけど、ロック編とかアレンジしたやつもあるんだよ」とこの一声からYouTubeを観ながらのACCM大評論会でした。

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     余談はこれ位にし、本題へ戻ります。現地鳴子温泉に到着したのは夜の8時。持立氏と合流し、早速明日の会場へ下見に行きました。昨年改装したばかりということで新しく、詰めて座れば60人位は入れるかと思える集会場でした。高座の位置と高さ、音響のチェックなど、細部に亘って確認。簡単な打ち合わせを済ませ、本日の宿である「鳴子パールホテル」へチェックインしました。そして夕食後疲れもあり、この日はすぐに就寝しました。
     一夜明け、いよいよ落語会当日です。会場へ9時集合し、すぐさま会場準備に取り掛かります。座布団を並べたり、受付の設置、師匠の小物の準備や最終確認など、各自速やかに作業をしました。そして、開会の10時です。お客さんの入り状況を見ながら少し開会が遅れたものの、約30名ほどのお客様が集まって下さいました。開会は持立会長のご挨拶からです。被災者の方へ心からの労わりの言葉を述べられた後、私達EBRIのご紹介をして下さり、それに続いて私からも皆様にご挨拶させて頂きました。ここで山口理事長よりお預かりした挨拶文を紹介し、EBRIの説明と今回の義援金プロジェクトのコンセプトをお話しし、被災された方へのお見舞いと一日も早い復興へのお祈りを申し上げました。

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     挨拶が終わり、心地よい太鼓の音楽が流れてくると、それと共に師匠が入場してこられ、高座へと上がりました。みなさんの拍手に迎えられ、師匠もいつもの明るい笑顔。以前保育園でウケた話から始まると途端に会場は大爆笑。その流れから「たらちね」という古典落語を中心に、一気に3席の落語をして下さいました。簡単な形態模写の振りを入れたり、話しの強弱を付けるなど、演出もとても凝っており、かけ合いの場面は本当に何人かでやり取りしてる様で、みなさん終始大笑い、あっという間に3席の落語は終了しました。
     落語が終わり、すぐさま退場するかと思いきや、高座から下りられた師匠は真っ先に被災者お一人お一人に手を差し伸べ、「頑張って下さい」と声をかけられ、皆様からは「ありがとうございました」「楽しかったです」とお言葉があり、会場がひとつになって、あたたかい雰囲気に包まれました。私も感動した瞬間でした。
     このような方が直接被災者皆様の間近で落語をして下さり、とても良かったです。今後も師匠と引き続き連携を取って行きたいと思います。

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     その後会場の片付けを済ませ、持立氏のお宅で昼食をご馳走になりました。こちらのお宅には持立氏と奥様、90歳になるおばあさまが暮らしていらっしゃいました。持立氏は山口理事長のお父様のお兄さんにあたられる方です。以前はトラックの運転手をされていましたが、現在はおじいさまの後を引き継ぎ、鳴子の山で山菜取りの名人でいらっしゃいます。熊と格闘したことで新聞記事になったり、奥様とNHKから取材されたりなど、数々の武勇伝を伺い、とても楽しいひと時を過ごしました。そして何より、今朝山で取っていらしたという山菜料理が実に美味しく、東京では味わうことの出来ない料理ばかりで、感動を覚える程でした。

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     食事の後はせっかく鳴子に来たんだから‥ということで、車で近くを案内して頂きました。近くには江合川という大きな川が流れ、ちょうど河川敷の桜の花が満開でした。温泉街を抜けて自然豊かな里山を登って行くと、スキー場やテニスコート、その先には潟沼というとても神秘的で美しい沼がありました。昔、火山が噴火した際に出来たカルデラ湖で魚が住めないほど酸性が強く、またそれによって透明度の高い青く美しい沼であるとのことでした。秋の紅葉シーズンには沼の青と紅葉の赤のコントラストがとても素晴らしく、紅葉の名所として知られているそうです。しかし、そんな話の中でも森林伐採や環境破壊などの問題もあるとして、自然環境のありがたさや自然を守って行く為の課題を頂いた気がしました。また、森林認証などの事業をしていらっしゃる山口理事長の原点はここにあったのだなあ、と自然豊かな山を見て山口理事長の想いも実感しました。こんなに美しい自然を人類のエゴによって台無しにしてはいけないですね。

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     その後、鳴子の皆さんに別れを告げ、師匠は持立さんに送って頂き次のボランティア会場へ、私達EBRIメンバーは鳴子温泉郷をあとにしました。帰りの車内、私達は震災の事について話し合い、それぞれの想いを確認し合いました。それは実際の被災地に立ち寄るかどうするかという事‥。しかし、みんなの想いはひとつ。「被災地に行って現状を見てみよう」。もちろん物見遊山の見学ではありません。まだ尚続く余震や原発の不安などもありますが、甚大な被害をもたらし歴史上に残る震災の跡を目に焼きつけ、語りついでいくことも大事ではないかということで皆の意見は一致し、一行は今回の被災地で最もひどかったと思われる気仙沼の町へ向いました。途中渋滞もありましたが気仙沼の町へは夕方5時頃到着。気仙沼へ向う車窓からの眺めはよく見かける田舎の風景といった感じ‥。近づくにつれ、葬儀をしている所も多く緊張感はありましたが、気仙沼の町に入ってしばらくしても、大きく崩れた場所も無く、商店は普通に営業し、行き来する人達の様子も復興に向けて着実に歩んでいるのだな。と被災された方には申し訳ないくらい通常の生活に戻りつつある、東北の方の力強さを感じていました。気仙沼の駅前を通過ししばらく進むと周囲の景色は一変。一同、「うわー」と叫び「ひどい」とこの一言。あとは言葉もありません。どうしてこんなに。凄まじい。津波の威力で拉げた住宅、火災で丸焦げになった船、考えられない状態で建物にひっかかっている車、どこの部分か見当の付かないがれき、がれき、がれき‥。メティアでは伝わらない何とも表現し難い臭いが辺りにたちこめ、空襲の跡とも、地獄絵図とも表現出来るような場所でした。今思い返すだけでも胸が締付けられ、熱いものがこみ上げてきます。しばらく周辺をまわり、絶望感とも喪失感ともいろんな想いを感じながら、被害に合われた方へのご冥福をお祈りつつ、気仙沼の町をあとにしました。

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     帰りながら思ったこと。ほんの僅かだけれども、被災された方のお役に立て、師匠の落語を通して、みなさんと楽しいひと時を共有出来たこと。今回のプロジェクトに及ばずながら一員として参加出来たこと。本当に感謝しました。しかし、今回のプロジェクトはまだ始まったばかりです。今だ困難な生活を強いられていらっしゃる被災者の方へEBRIの一員として出来ることを続けて行こうと思います。